炭水化物、脂質の摂取比率に応答する血中phosphatidylcholine分子の発見
■目的
肥満を予防するためには、エネルギー摂取量と炭水化物、脂質の摂取比率を適正に保つことが基本となります。しかし、炭水化物、脂質の摂取比率を推定できる特異的なバイオマーカーはありません。Phosphatidylcholine (PC) はグリセロール骨格のsn-1位とsn-2位に脂肪酸が一つずつ結合しており、生体内には、結合する脂肪酸種の組み合わせにより多様なPC分子種が存在します。長期間の高炭水化物(HC)食、高脂質(HF)食の摂取は、肝臓での脂肪酸代謝に影響するため、肝臓から分泌されるリポタンパク質中のPCに結合する脂肪酸種にも変化が生じると考えられます。そこで本研究では、血漿に含まれるPC分子種を網羅的に測定し、炭水化物、脂質の摂取エネルギー比率に応じて変化するPC分子種の同定を試みました。
■方法
実験1:C57BL/6Jマウスにそれぞれの試験食を8週間与え、血漿中のPC分子種をLC/MSを用いて網羅的に解析しました。検討①では コントロール食 (10 energy % (en%) fat and 70 en% carb)、HC食 (5 en% fat and 80 en% carb)、HF食(60 en% fat and 20 en% carb)、検討②では脂質エネルギー比率を段階的に変えた試験食(10, 30, 50, 60 en%)、検討③ではCont食、HC食とサフラワー油(18:0(n-9) 78%)、大豆油(18:2(n-6) 54%)、あまに油(18:3(n-3) 60%)、パーム油(16:0 44%)の4種類の油脂を用いたHF食を与えました。
実験2:日本人中年男性78名を対象に、血清中のPC分子種を測定し、BDHQから推定される炭水化物、脂質摂取エネルギー比率との相関を調べました。
実験3:実験1検討③の試験食摂取12週間後の肝臓における脂肪酸生合成、PC生合成に関わる遺伝子発現量を解析しました。
■結果
実験1より、脂質エネルギー比率の増加にともなって、試験食中の脂肪酸組成に関わらず血漿中のPC (16:0/16:1)、PC (16:0/18:1)が減少することが明らかとなりました(Fig. 1A, B)。また、実験2より、ヒトにおいても、これらの2分子が脂質エネルギー比率と負の相関を示すことが明らかとなりました(Fig. 1C)。
実験3における肝臓での遺伝子発現解析の結果から、高炭水化物食の摂取によるPC (16:0/16:1)、PC (16:0/18:1)の増加には、stearoyl-CoA desaturase (SCD)1の発現増加による脂肪酸16:1、18:1の合成の促進、lysophosphatidylcholine acyltransferase (LPCAT) 4の発現増加による16:1-CoAおよび18:1-CoAのLyso-PC(16:0)へのアシル基転移反応の促進が関与することが示唆されました。